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固め濃い目

日々のどうでもいいことをつらつらと。

311を思い出すための2冊

書評

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早いものであの震災からもう五年。

 

地震が起きてから半年間は普通の生活ってなんだろう?ってすごく考えてた

あたりまえの生活ってなんだろう?

 

朝起きたら家族がいて、会社に行ったら仲間と仕事をし、仕事が終わったら友人たちと一緒に酒を飲む

 

地震が起きてから半年間はずっと”普通の生活”というものに感謝をしたものだった

 

 

それからもう5年経った今はどうだろう?

こうやって何かのきっかけがない限り思い起こすこともなくなってしまった

 

あたりまえの日常。

あたり前の毎日。

 

 

 

毎年311が近づくとぺらぺら読み返す本がある。

 

「河北新報のいちばん長い日」と「記者は何を見たのか」

 

どちらも新聞社の記者が実体験に基づいて書いた本だ

 

 

 

 「記者は何を見たのか」は読売新聞社の記者、総勢78名それぞれの現場の体験が生々しく語られている書籍だ。

 

それぞれの記者が現場で何を感じ、何かと伝えようとそれぞれ必死になった動いたことが、これでもかと伝わってくる。

 

この本を読んだ中で印象的だったエピソードをものすごい掻い摘んで紹介すると、、、

 

津波で両親と妹をなくした4歳の少女。

ママに手紙を書くと言ってノートを広げ、覚えたばかりのひらがなで書いた言葉。

 

「ままへ。いきているといいね おげんきですか」

 

あれから5年後。いま少女は9歳になっている。

 

このエピソードは、自分の生活や未来をつくる子どもたちのため、何かできることはないだろうか?といつも思い出させてくれる

 
 
 
河北新報はまさに東北を拠点としている新聞社だ。
1987年創刊。東北振興を社是とし、創刊以来114年間1日も休まず発行を続けている新聞社である
 
 
その河北新報が、311で被害を受けながらもどのようにして記事を作り、どのようにして新聞を印刷し、人々に情報を伝えたか?の奮闘が描かれている
 
記者自体が被災者。そんな中で人々に何かを伝えようと必死に働く姿はまさにプロフェッショナルであり、頭が上がらない。多分自分には到底できないだろう。
 
本社のサーバーはとまり、会社は停電、支局は津波で流出し、販売網は壊滅状態
 
新聞社として絶体絶命の中、新潟新報や他局の協力を経てつくり上げる新聞
紙齢を閉ざさないための社員のプライド
 
「われわれは地域の住民に支えられて百年以上、この血で新聞を出すことができた。その住民が大震災で苦しんでいる。今こそ恩に報いる時だ。我が社も計り知れない打撃を受けるだろう。だが、いかなる状況になっても新聞を発行し続ける。それが使命であり、読者への恩返しだ」
 
今やネット社会。新聞を取らなくてもちょっと検索すればすぐいろんな情報を収集できる。そんなあたり前の生活って本当に感謝するべき環境にあるんだな、と本当に考えさせられる本です。
 
 
もう二度とあのような震災は起きてほしくないと心から願いつつ、あたり前の日々に感謝をして生きていこう。そう思える本です。
 
これからも毎年読み返していきたいと思います。